この言葉は心理学者アルフレッド・アドラーの言葉です。
すべての心理学や自己啓発はアドラー心理学の影響を受けていると言われています。
ユングやフロイトと同時代の人であり、嫌われる勇気がベストセラーとなり再び脚光をあびている心理学です。
メンタルトレーナー上田正敏です。
我が家ではアドラーの考え方はごく普通に取り入れられています。
言うは易し行うは難しなのがアドラー心理学の特徴です。
理想を追求するとここに到達するのではないかという目指す方向でもあります。
プロセラピストとして十数年やってこれているのもこの考え方が基本になっているからかもしれません。
実際のセラピーの現場では人間関係の問題がほとんどです。
他者の影響を受けて感情ストレスが起きているともいえます。
人は一人で生きているなら何も問題はないのかもしれません。
本能として集団を形成することで生き延びて来た種族ですので、人間関係は良いものも悪いものもどちらも引き受けるのが人間です。
人間関係の問題を紐解く時に基本になるのが課題の分離です。
これは誰の課題か?
という問いです。
あることの最終的な結末が誰に降りかかるか、その責任を最終的に誰が引き受けるかを考えれれば、その「あること」の課題が誰かのものだということがわかります。
最終的に誰の責任なのかといことです。
他人の責任を自分の責任にすることはできません。
よくあるのが、親が子供の責任を自分のものにしてしまうことです。
寝坊するのも、勉強をしないのも、遊んでばかりなのも子供の責任です。
親は世間体を気にするかもしれません。
世間を気にするのは親の問題です。
寝坊している責任も勉強をしない責任も遊んでばかりの責任も子供の問題です。
逆もあります。
今の自分がこうなったのは親の責任だと言う子供。
親の責任にしたいのがわかります。
親が甘やかしたとか、親がきびしかった、親が何もしてくれなかった、親が・・・
でも、あなたの人生は誰のものでしょう?
そうです。自分のものです。
誰か他人のせいにしても、自分の人生は自分のものです。
これだは誰にでもいえることです。
人類の誰もが、自分の責任は自分でしか負えません。
自分で自分の責任を負うので精一杯です。
いくら努力しても他人の責任はとれないのです。
違う人間だから。
相手を心配してしまうこともあるでしょう。
それは相手を信頼していないことにもつながります。
相手が責任をとれないと思ってしまっているということです。
対等に関係性を見れていないからです。
僕らが目指しているのは対等の関係性です。
上下関係ではなく、同格の関係性です。
動物的な群の習性を持っているせいか、誰が権力を持っているボスなのか無意識で探して、そのルールに従おうとするのが人間です。
親子関係も先生生徒も社長社員の関係も上下関係です。
夫婦関係も上下関係の人も多いのではないでしょうか。
この本能である上下関係を超えた先に対等性があります。
人間関係で対等であるためには、相手に興味を持つこと、相手を尊重することが鍵となります。
そして、課題の分離も鍵となります。
それは誰の問題か?
これは尊重そのものです。
この本がよかったものだから、ついつい書いてしまいました。
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